寒い日が続いています。
感情は理屈ではなく、より根源的なモノです。寒い日が続いています。
感情は理屈ではなく、より根源的なモノです。
唯一無二の大切な我が子をうしなって、
この年末年始、「家族」とか「我が家」とか、
そうしたものが普段よりもクローズアップされる時期、
余計につらい思い、耐え難い思いをしている人がもしいたら、
そうした人にこれが届きますように。
(自分個人の感覚ではありますが‥‥‥)
人間にとってのかなしみは、
本当に色々とあって、
だけど、我が子をうしなったかなしみというのは、
簡単に表現することなど到底不可能なものだと思います。
ただ、
かなしみは、時間と共に変化するようです。
かなしみが薄れるわけでもましてや消えるわけでもありません。
時間の経過とともに、
激しい刃のようなかなしみが、その刃を収めてくれたような気がしています。
深く深く、自分の中に沈殿するようになっていった気がします。
そのうえであの子のことをおもう、
そんなことが出来るようになった気がしています。
もう生きて行くのは無理だ、としか思えない日々の向こうに、
かなしみそのものが変化してゆく、そんな風に思える時があって、それを実感する。
そしてそんな話を、あの子とまた会えた時に出来る、
そして、あの子はこんな話をきっと理解してくれる。
あの子が居なくなってから、年月は長くかかりましたが、
そんな風に思うことが出来るようになりました。
そして、何より、
「あんじゅ」という場があって、そのおかげであるということも実感しています。
生き続けることがもう無理だ。そう決めてしまう前に、
そんなつらい思いをしている人に、自分の個人的な思いなのですが、
少しでも届きますように。
今日午後2時から、2024年最後のあんじゅが開催されました。
最近は朝夕だけでなく、日中も寒さを感じるようになりましたが、皆さまお変わりなくお過ごしですか…
今日は、冷たい雨が降り冬のような寒さの一日でした。
今年も、いつの間にかカレンダーが
だいぶ薄くなってきました。18日は9月の第3水曜日・あんじゅの活動日でした。
自分にとってあんじゅが大切で必要なことは、あの子がもうとうに居ないことと同様、私にとっては当たり前のことだ、そう思っていた。 だけど、先日久しぶりにやっと参加出来たあんじゅのわかちあいの場で、自分にとってのその必要の強さの度合いは、当たり前とか、そういう平易な度...