唯一無二の大切な我が子をうしなって、
この年末年始、「家族」とか「我が家」とか、
そうしたものが普段よりもクローズアップされる時期、
余計につらい思い、耐え難い思いをしている人がもしいたら、
そうした人にこれが届きますように。
(自分個人の感覚ではありますが‥‥‥)
人間にとってのかなしみは、
本当に色々とあって、
だけど、我が子をうしなったかなしみというのは、
簡単に表現することなど到底不可能なものだと思います。
ただ、
かなしみは、時間と共に変化するようです。
かなしみが薄れるわけでもましてや消えるわけでもありません。
時間の経過とともに、
激しい刃のようなかなしみが、その刃を収めてくれたような気がしています。
深く深く、自分の中に沈殿するようになっていった気がします。
そのうえであの子のことをおもう、
そんなことが出来るようになった気がしています。
もう生きて行くのは無理だ、としか思えない日々の向こうに、
かなしみそのものが変化してゆく、そんな風に思える時があって、それを実感する。
そしてそんな話を、あの子とまた会えた時に出来る、
そして、あの子はこんな話をきっと理解してくれる。
あの子が居なくなってから、年月は長くかかりましたが、
そんな風に思うことが出来るようになりました。
そして、何より、
「あんじゅ」という場があって、そのおかげであるということも実感しています。
生き続けることがもう無理だ。そう決めてしまう前に、
そんなつらい思いをしている人に、自分の個人的な思いなのですが、
少しでも届きますように。